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【「成吉思汗たれ」×「エルグリル」特別企画】ジンギスカンの歴史をシリーズでご紹介♪第1回「ジンギスカンの始まり」

道民が愛してやまない郷土料理、"ジンギスカン"。先日こちらのサイトで、ジンギスカンに欠かせない「成吉思汗たれ」を製造するメーカー、ベル食品の公認ワイン「エル グリル」をご紹介しました。もうチェックしていただけましたか?

リンク:【ベル食品公認】ジンギスカンに合うワイン「エル グリル」登場!

道民なら誰もが知っている、ベル食品の「成吉思汗たれ」は、今年で発売60周年。そこで、これから4回にわたり、北海道のジンギスカンの歴史とベル食品の歩みをご紹介する「成吉思汗物語」をお届けします!


ベル食品公認ワイン「エル グリル」とは?
3月22日に発売された「エル グリル」は、ブラックチェリーやプラムのような黒い果実の香りが特長の"グリル料理に合うワイン"。
フレッシュな果実味とほどよいタンニンを持つ赤ワインで、グリルしたお肉と相性抜群です。
もちろん、ジンギスカンにもぴったりで、「成吉思汗たれ」のベル食品・公認ワインにも選ばれています。

今回の連載では、今や、北海道のソウルフードとも言えるジンギスカンとベル食品の歴史を紐解いていきますよ!
第1回は、北海道でジンギスカンが食べられ始めた昭和初期までをご紹介します。


羊毛の生産のために輸入
ジンギスカンの歴史は、明治時代にさかのぼります。欧米文化が流入した日本では、毛織物の需要が増え、羊毛の国内生産を目的に、政府は「緬羊」の飼育に力を入れ始めます。
大正時代に入ると、第一次世界大戦がはじまり、羊毛の輸入がストップ。1918年(大正7年)には緬羊の100万頭増殖計画を実施し、1935年(昭和10年)には中華事変、第二次世界大戦などによる軍需羊毛の自給のために、緬羊飼育が国策として奨励されました。

ちなみに、食用を始めたのは大正時代。当時、中国大陸に進出していた日本人が蒙古(モンゴル)民族の調理方法を参考にして、日本人の口に合う調理法として考えだされたのが、「ジンギスカン」だと言われているのだそうですよ。

北海道では、毛肉兼用のコリデール種を飼育していたことから、羊肉の普及に向けた取り組みを月寒種羊場と滝川種羊場で行ったことが記録に残っていますが、羊肉特有の臭みなどが原因してか、羊食は進みませんでした。


北海道とジンギスカン
北海道では、先ほどご紹介したように、昭和初期から羊の飼育が盛んに行われていました。
滝川種羊場長を務めた山田喜平氏とマサ夫人がジンギスカンなどの羊肉料理の普及に尽力した人物として知られていて、昭和10年代から農業関係雑誌などで羊肉の調理法などを紹介していました。


この頃の食べ方は、ゴマ油を塗った金網を七輪にかけて、炭火の中には松の枝をまぜ、燻すことで臭みを消していたんだとか。
山田夫妻は、焼き物、揚げ物、煮物など約30種類もの調理法を詳細に説明し、普及を図っていたそうです。

1936年(昭和11年)1月、狸小路6丁目の飲食店「横綱」で行われたジンギスカンの試食会でも山田夫妻が肉と鍋を持参し、たれの作り方や調理法を教えましたが、羊肉独特の臭みやたれに使われたニンニクの臭いが強すぎたこともあり、不評に終わってしまいました。

そのころ種羊場では、緬羊の飼育はもちろん、近隣の農民に羊の飼育方法を教えていて、農家では、豚などとともに、収入の手段として数頭の羊を飼う習慣が少しずつ広まっていきました。
終戦後に、北海道でジンギスカンが違和感なく受け入れられたのは、農家で羊肉を手に入れやすく、食べなれていたという背景があったから、と言われています。

いかがでしたか?今回は、北海道に羊が入ってから昭和初期までの歴史をさかのぼりました。今となっては北海道の郷土料理として知られるジンギスカンも、広く楽しまれるには試行錯誤があったんですね。

次回は、ジンギスカンが北海道の郷土料理として浸透していくまでをご紹介します。次回の連載もお楽しみに!


連載記事はこちら
【「成吉思汗たれ」×「エル グリル」特別企画】ジンギスカンの歴史をシリーズでご紹介♪
第2回「成吉思汗たれの発売」
第3回「道産子に欠かせない食文化へ」
第4回「全国区となったジンギスカン」


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